内在的多様性批判ポストモダン人類学から存在論的転回へ
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本書は、人類学者である久保明教氏による「多様性」に関する人類学的考察。SNSを中心に多様性尊重が規範化された現代社会において、「多様性による統治」という新たな不自由が生じている現状に対し、バラバラな世界をバラバラなまま繋げるための思考を問い直す。ポストモダン人類学から存在論的転回までの学問的潮流を再考し、「内在的多様性批判」を提示することで、多様性がいかなるものでありうるかを思考する意欲作。哲学者・國分功一郎氏、人類学者・松村圭一郎氏も推薦。
書誌情報
title: 内在的多様性批判ポストモダン人類学から存在論的転回へ
author: 久保 明教
publisher: 作品社
publish: 2025.6
内容
「みんなちがって、みんないい」とは、いかなることでありうるのか?最注目の俊英による人類学的考察。
■國分功一郎(哲学者)
「かつて、多くの者たちがその問いについて悩んでいた。だが、あきらめずに最後まで考えようとする者は少なかった。いま、あきらめずに考え続けた者たちからの贈りものがここに一冊の書物として現れる。現代の隘路から決して目をそらさなかった著者による渾身の一冊。」
■松村圭一郎(人類学者)
「文化相対主義は、なぜ人類学のテーゼではなくなったのか? 人類の多様性という視点に潜む矛盾はどう克服できるのか? 本書は、ポストモダン人類学から存在論的転回までの歩みを独自に転回しなおすことで、人類学者自身も言語化してこなかった難問に挑む。現代人類学がたどりついた理論的地平の最前線がここにある。」
SNSを中心に多様性の尊重が規範化された現代社会で、私たちは「多様性による統治」という新たな不自由を獲得しつつある――バラバラな世界をバラバラなまま繋げるための思考はどのように可能なのだろうか?
多様性批判の学として人類学を捉え直し、二〇世紀末からポストモダン人類学にいたる軌跡をたどり、二一世紀に提唱された存在論的転回までの学問的潮流を再考したうえで、「転回」のやりなおしとして「内在的多様性批判」を提示し、私たちにとって多様性というものがいかなるものであり、いかなるものでありうるかを思考する。
「本書の目的は、二〇世紀後半から現在までの文化・社会人類学の軌跡、とりわけポストモダン人類学から存在論的転回にいたる主な人類学者の議論を、多様性についての内在的な批判として提示することである。ここで言う「批判」とは、多様性を否定して同質性に回帰することを意味するものではなく、カントが「理性」に対して、あるいはむしろニーチェが「道徳」に対して行ったように、私たちにとって「多様性」というものがいかなるものであり、いかなるものでありうるかについて思考し記述することを意味する。」――本書「序論」より
【内容目次】
序論 このバラバラな世界をバラバラなままつなぐために
第1章 「彼ら」の誕生
第2章 「私たち」の危機
第3章 ポストモダンを超えて――ラトゥール×ストラザーン
第4章 創作としての文化――ギアツ×ワグナー
第5章 関係としての社会――ジェル×ストラザーン
第6章 多なる自然――デスコラ×ヴィヴェイロス・デ・カストロ
第7章 「転回」をやりなおす
あとがき
注/参照文献/索引
「序論 このバラバラな世界をバラバラなままつなぐために」全文公開中!(外部リンク/note)
「執筆ノート」公開中!(外部リンク/note)
読書メモ
2026-02-15
- そもそも「みんなちがってみんないい」のか
- 認識論的相対主義
- 明らかに非科学的に見える異文化の営為をいかに捉えうるか p.p.10
- 倫理的相対主義
- 明らかに人権侵害のように見える営為を異文化の慣習として認めるべきか p.p.10
- どこか(西洋が想定される)の基準を正しいものとして押し付けていないかという疑念と、なにか基準を持たなければ、他の文化を理解することができなくなるという危惧のあいだを往復することになる。
- 認識論的相対主義
- 選択することのできる多様性 と飛び移ることのできる多様性
- 💭前者は能動的でポジティブ、後者は受動的という印象を受ける。
- 規範としての多様性の矛盾
- 多様性を規範として尊重すると、最終的には単一の枠組みによる多様性の制御が要請されるようになる。
- Twitterの例:誰もが好きなことを呟けるように見えて、「悪い」ポストは「みんな」の基準によって、炎上などをへて排除される
- 💭これはいまいちよくわからん。規制する側が単一の枠組みであるという想定がわからない。著者が出すTwitterの例だって、法、道徳、個人の好き嫌いなどいろいろな判断基準が存在しているように思えるのだが。
- いっけん多様であるようにみえて、、モニタリングを通じて統制するというありかた
- マリリン・ストラザーンのいう「監査文化」
- 💭フーコーの生政治もそれに近い?
- 規範としての多様性に対抗するものとしての、ポストモダン以降の人類学
- ポストモダン人類学
- 民族誌は客観的な事実を表すテキストではなく、西洋と現地の非対称な関係のなかでの社会的な構築である p.p.17
- ポスト・ポストモダン
- 異文化の思考法と近代的な思考法を、どちらかを基準とするかたちではなくそのまま接続される p.p.17
- 💭 ヴィヴェイロス・デ・カストロを読んだときに見たことがあるような。
- ポストモダン人類学
- 💭やっぱり現在の文化人類学の本線はヴィヴェイロス・デ・カストロとかストラザーンなんだな。なにかとグレーバーが目立ちがちであるが。
