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路地裏が文化を生む

書誌情報

title: 路地裏が文化を生む! 細街路とその界隈の変容
author: 増淵敏之
publisher: 青弓社
publish: 2012年11月21日

1960年代から70年代にはサブカルチャーを支え、クリエイターを育んでいた路地裏は、バブル期の都市開発に押されながらも、いままた再創造されている。全国の路地裏をフィールドワークして、路地裏がもつコンテンツ創造の可能性、地域振興の役割を再評価する。はじめに

第1章 都市論でのバックストリート 1 バックストリートの定義 2 都市論の系譜 3 場所をめぐる議論 4 ストリートまたはその界隈 5 都市の変容と文化的装置 6 バックストリートと猥雑性 7 文化の生産装置としてのバックストリート

第2章 東京における多様なバックストリートの変容 1 東京論の行方 2 創作者たちが集う場所 3 新宿 4 渋谷 5 六本木 6 原宿 7 下北沢 8 秋葉原 9 吉祥寺

第3章 京阪神におけるメディアとバックストリートの関係 1 創造の場 2 京阪神の胎動期 3 東京への一極集中 4 サブカルチャーの勃興とタウン誌

第4章 ポップカルチャー創出の場としての札幌のバックストリート 1 一九七〇年代の札幌 2 田上義也 3 音楽の基盤形成 4 場所の形成 5 文学領域での場所の形成 6 南三条通り 7 札幌のメディア戦略 8 バックストリートの行方

第5章 広島フォーク村から見えるバックストリートの機能 1 広島のバックストリートカルチャーの現状 2 広島フォーク村の誕生 3 第二期広島フォーク村 4 広島中心商店街界隈 5 バックストリートの力 6 アニメなどの映像系アーティスト 7 新たなバックストリートの出現

第6章 福岡におけるバックストリートの拡散 1 ブラジレイロ 2 照和の時代 3 サブカルチャー生成の基盤としての学生の存在 4 現在の福岡での創造の場 5 福岡のバックストリート

第7章 結語

あとがき

読書メモ

路地裏がポップカルチャーを産んだバックストリート?それは路地裏コミュニケーションの場の性格を有するもの田端の分子村。 猥雑さからサブカルチャーが生まれる。創造都市論。都市論の歴史、シカゴ学派パークバージェス生態学的アプローチマニュエル・カステル、ハーヴェイ 政治経済学的アプローチ日本の都市論これも政治経済型のアプローチ1960年代高度経済成長課での都市問題の解決に向けて
80年代からはカルチュラルスタディーズ、テキスト論的なアプローチ。前田愛 吉見俊哉山口昌男の知のネットワーク論的なアプローチ。人文主義地理学 #asklist
ベンヤミンは偉大だな。リチャード・フロリダのクリエイティブ都市。テクノロジータレントトレランス

東京はわい雑さが失われている。対象から昭和初期にかけて文学者たちが集まった。馬込、田端、鎌倉などカフェにも人が集まったパウリスタプランタンなど何点どう?南天堂磯村栄一の第3空間論ゴールデン街の分断バー ジャックと豆の木渋谷のラブホ外は岐阜県民が作ったという定説天井桟敷寺山修司の劇場、粟津清志のデザインによる渋谷には音楽シーンがあった BYG
六本木の野獣会ムッシュかまやつや中尾彬が加入していた
70年代からはディスコのメッカになる現在ではジェントリフィケーションされていて、後方もない原宿といえばセントラルアパート。60年代そして藤原ヒロシのアンダーカバー。これは90年代

下北沢はバックストリートを回遊する仕組み。秋葉原電気街からパソコンブームへオーバークロック協議会、そしてオタク街へと変化するオーバークロックの競技会!?雑居ビルは縦に伸びるバックストリート。

吉祥寺の表は北口の駅前、ハモニカ横丁、吉祥寺の裏は近鉄裏今のビックカメラ裏パルコ裏のプチロード。ジャズ喫茶の赤毛とそばかす70年代東急浦のぐぁらん堂。吉祥寺フォークブームの立役者。

京阪神の特徴。タウン市とミニコミ誌ぴあとかあったな。最近休刊したんだっけ。情報爆発に対する対処法としてのタウン情報誌。欲望を媒介するカタログ。

阪神間モダニズム

ナンバ壱番とベラミ

関西フォークの時代、高田渡、高石ともや

プレイガイドジャーナルいしいひさいち中島らも井筒和幸

ミーツに内田樹も関わってたんだ

北海道編

山口昌男モダニズムと地方都市田上義也

伊福部昭と早坂文雄芥川也寸志 黛敏郎

感想

関連ノート

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脚注

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    あさだあめ

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    本を読んだりするおじさん。Amazonのアソシエイトとして、適格販売により収入を得ています。