2025年のびっくら本 | R-style
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2025年のびっくら本
2025/12/1 12:38:26
(本記事は びっくら本 Advent Calendar 2025 への参加記事です。詳しくは 2025年のAdvent Calendar をご覧ください)
2025年のびっくら本:
以前まで、R-styleで「びっくら本」という企画をやっておりましたが、ひさびさに復活です。
今年読んだ本のなかで、「頭をガツンとやられた一冊」を紹介していきます。
『アラン ――戦争と幸福の哲学 (ちくま新書 1862)』
アランの幸福論は何度も読んでいて、時代性を越えたその内容にずいぶん助けられていたわけですが、逆に言えば、アランがどんな時代に生き、どういう願いを託して文章を書いていたのかということが視野から外れていたことに本書を読んで気がつきました。あまりよくない「人文」への関心だと思います。
戦争というものが、それも「悲惨」という言葉ではまったく足りないような惨状が大規模に展開していた時代において、どう生きるのかが問われていた。このことを踏まえておくことは、とても大切なことだと思います。
『読書効果の科学: 読書の“穏やかな”力を活かす3原則』
「これが絶対に正しい」と息巻くのが科学ではないわけです。もっと厳密に考え、場合と影響を限定すること。特に、人間に関わる知見ならばなおさらそういう手つきが求められます。本書では読書という行為はたしかに有用な成分を持っているが、だからといって全体主義的に子どもに押し付けるべきではないというまっとうな未知が示されています。
でもってそれは、大人に向けられる「ノウハウ」全般にも言えることでしょう。
『エスノグラフィ入門 (ちくま新書 1817)』
ずっと「ノウハウ書はどう書かれるべきなのか」を考えているのですが、本書からは大きなヒントをいただけました。唯一の真理としてではなく、現実に存在する人間が実践し、経験したプロセスとして語ること。個別具体から入り、可能であれば普遍に向かっていくこと。そういうアプローチが真に役立つノウハウなのではないかと今は考えています。
『自炊者になるための26週』
人文+料理本、というまったく新しいスタイルにまずガツンとやられました。そして「風味」という概念で、自分で料理をすることの意義を立ち上げるその手つきも見事です。料理がしたくなりますし、料理ができるような気もします。
あと、「26週」というのもいいですね。一日で「できる人」にならないといけないという焦りから距離が置けそうです。
『新編教えるということ (ちくま学芸文庫 オ 6-3)』
『「学び」がわからなくなったときに読む本』の影響を受けて、大村はまの著作をはじめて読みましたが、こんな風に教育について考えていた人が日本にいたのだ、ということが驚きでした(私が浅学なだけです)。
一方的に文章を書かせることについての問題を指摘した後に続く以下の文章は、書くこと以外の場面でも注意を向けるがあります。
書く練習をしようと思ったら、まず書き表したいことを心にもたせることです。書くことが胸からあふれそうな、そういう状態を子どもにつくって、思わずそれを書きたくなるように、それからそれへと展開していくようにさせなければならないでしょう。そういう気持ちにさせるのは、専門職の教師でないとなかなかできないものです。
『幸福と人生の意味の哲学』
こんなにも真摯に「生きる意味」を論じてくれる本はなかなかありません。単に幸福論を比較検討して終わりにするのではなく、著者そのもの考えをはっきりと提示してくれています。
いわゆる「哲学史」でなく、真っ正面からの「哲学」の思索を味わえる内容で、文章の書き手としても背筋が伸びる一冊です。
『NEXUS 情報の人類史』
ほんとうに申し訳ないのですが、ユヴァル・ノア・ハラリさんは『ホモ・デウス』あたりでもういいかなと思っていたのですが、本書でまるっとその思いを改めました。『サピエンス全史』よりもさらに面白いです。
情報(information)というものが人類の歴史とどう関わってきていたのか、そしてこれからそれがどう変化していくのかを大きな展望で描いた一冊です。
ポイントは本書が定義する情報がデータとイコールなものでない(クロード・シャノンの情報理論とは異なる)という点です。むしろ、その「意味」に注目した定義を取っています。真実を追究するためのものではなく、人と人の「つながり」(これがタイトルのNexus)を生み出すものとして捉えたとき、さまざまな物の見方が変わってくると思います。
『それがやさしさじゃ困る』
秀逸なタイトルです。本書を読みながら「それがマネジメントじゃ困るというのもあるよな」とずっと感じていました。親と子の関係と上司(あるいはマネージャー)と部下の関係は、舞台は違うものの「関係」という点は共通で、そこに同じような傾向が出てくることはあるのでしょう。
この社会で生きていく中で、「関係」と無縁ではいられません。今、保護者な人だけでなく、(広い意味での)「おとな」な人は本書を読むと感じることが(あるいは痛烈なダメージを受けることが)あるでしょう。でも、ただダメージが生まれるだけではないところが、本書の「やさしさ」です。
『四季と機器 (書肆海と夕焼 001)』
池谷さんの作品は、新作を読むたびに新しい驚きがやってきます。アートです。テクノロジーと人の生活を描くそのモチーフもさることながら、文体への挑戦と一作ごとの世界の「拡張」が意欲的で勇気づけられます。
『ハイデガーの哲学 『存在と時間』から後期の思索まで』
一般向け哲学書をいくつか読んでいるので、「ハイデガー」の名前はよく知っているのですが、そもそも何を論じているのかをあんまり把握できていなかったことを本書を読んで痛感しました。むしろ「存在」なんてありふれたテーマじゃん、と思っていた節があります。
そもそもハイデガーが、何に不満を持ち、何を論じようとしてたのか。それを未完成の 『存在と時間』だけを見てどうこういうことの無理さ加減は、改めて意識しておきたいところです。
同様にハイデガーとナチスの関係も、通俗的というか手前勝手な枠組みで理解してしまっていたので、もう一度ハイデガーと「出会い直し」たいと考えています。
ライトノベル
『サイレント・ウィッチ』
アニメがすごく良かったので、原作を読みはじめたのですが、二カ月で既刊はほぼ読み終えました。
魔法・学園もの・ファンタジーなのですが(転生ものではない)、背景にずっと影が差すような暗さがあり、そのバランスがとても良いです。
さいごに
以上、2025年の「びっくら本」を10冊+アルファ紹介しました。皆さんも、ぜひ紹介してみてください。
脚注
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